hateyasco’s diary

人生の曲がり角は曲がれなかったyascoが新しいドアを開けるためのブログです。

嫌われても死にはしないんだけどね

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まあさ。

長年生きてきて

思うことはいろいろある。

嫌われるより、好かれるほうが助かるし

いじめられるより

いじめられないほうが疲れない。

最近は

好かれ過ぎて殺されちゃったり

そんな人もいるから

何がよくて、何が悪く働くのか

さっぱりなわけです。


思うのは


「いろいろあるけど自分を縛りすぎる生き方は良くない」

ということ。

人って

大人になってもいろいろあって

自動的に、縛りが増えてくのですよ。

子供時代は

あまり、回りのことを考えすぎず

(考えないのとは違うよ。少しは考える。)

(まあ、その案配がね。)

自由な気持ちでいたほうがいいよ。

自分で、

あらかじめいろいろ制御しないで

「あれをこう言ったらどうなるかな?」

「これをこうしたらどうなるかな?」

と、

あれこれ創意工夫。

気を付けたいのは

ぶったり叩いたりすると、

(物理的にね)

怪我させたりしてしまうと

いけないので、そういうのは無しで

自分の発言や行動を

縛りすぎないと言うのが

子供時代は大事だと

思います。

アダルトチルドレンとかって

子供の知識で、

うまく人生をコントロールしすぎた結果、

大人になってから

失敗を試せなかった自分の

失敗を負わされてる状態のような気が

しています。

yascoは

たぶん、アダルトチルドレンと思います。

結構

生きづらいのですよ。

友達と気楽にあれこれできるようになったのも

割りとここ数年の話で

それまでは

友達なんて形式のものでしかなかった。

自分に話しかけてきて仲良くしてくれる様子の人

= 友達


実は、多分ちょっと違ったみたいで

私は歓迎されていない。

と、

常に自然に考えてて。


過去にいじめられてた記憶があるんですが

小学校3年生から中学3年くらいまで

あまりいい記憶がないわけですよ。

小3あたりから中3てすごい、

一番自由な時期なんですよ。

実は。

徐々に知識が入ってきて

体も動くようになって

あちこち行けるようになって

学校にいる大人とかとも話したり

地元の大人とも交流できたりね。

そんな時期に

何が原因かいじめられたりすると

やっぱ。歪んじゃう。

「いじめられる程度の価値なのかな」

って

思うようになったりするんだよね。

でもそれって

他人の評価なので

自分のことは自分で評価してもいいので

「今はいじめられてるけど、これからどう変わるかわからない」

って

思ってた方がいいのかも。と

思います。

なかなかできないけど

「自分は自分。他人は他人。」

と思う方が、前に駒を進められる。

そうそう。

自分は歓迎されていないなんて縛りを

作ったのは自分。

そういう状況を作ったのは誰よと思うけど、

勝手にそう思ったのも自分かも知れないな。


突然支離滅裂な文章でした。

書き直したりすると思いますがご容赦を…。